■労働契約の存続中
まず、当然ながら、労働者は、労働契約の存続中は、一般的には、使用者の利益に著しく反する競業行為を差し控える義務があります。したがって、そのような行為がなされた場合は、就業規則の規定に従った懲戒処分や損害賠償請求がなされることになります。
■労働者の退職後
これに対して、労働者の退職後は、労働契約が効力を失いますので、退職後にも競業規制を及ぼすためには、従業員の退職後も効力を保持する特約(特約締結の時期は入社時でも退職直前であってもかまいません。)を労働者と締結しておく必要があります。この点、就業規則中に競業規制の規定を置いたとしても、労働者の退職後はその効力が及びませんので、就業規則では退職後の競業規制の根拠にはなりません。
最近の裁判例は、退職後の競業避止義務について、労働者の職業選択の自由に照らして、特約における制限の期間、範囲を最小限にとどめることや一定の代償措置を求めるなど厳しい態度をとる傾向にあります。
裁判例では競業規制の合理性の評価にあたっては以下の点が問題となっています。
①競業規制について使用者の正当な利益の存在。その代表例は、企業特有の技術、ノウハウ、顧客情報など
②規制の対象となる競業の範囲の限定。他の使用者の下でも習得できる一般的な知識・技能を用いての職業活動は競業から除外されます。
③競業規制の対象となる労働者の範囲の限定。単純労働に従事する地位の低い労働者の同業他社への就職を規制することは許されません。逆に企業中枢にあって技術的な企業秘密に接する労働者、営業担当社員、塾生名簿に接する塾講師などについては競業規制され得ることになります。
④使用者の営む業務の性質や規模、労働者の有する知識によっては、競業を規制する範囲を地理的に限定する必要があります。
⑤競業規制の期間も、技術の陳腐化・革新が急速であり、経済活動の動きも早いことを考慮すれば、最小必要限度に止めるべきといえます。
⑥その他にも競業を制限する代わりに使用者による一定の代償措置がとられているかどうかが問題となることがあります。
■競業規制の効果
元従業員が特約による規制の及ぶ競業行為を行った場合(例えば顧客の大がかりな簒奪、従業員の大量引き抜きなど)には、元使用者に対する債務不履行となり、元使用者は元従業員に対して損害賠償を請求できます。なお、特約がない場合であっても、使用者の営業権侵害などを理由に不法行為に基づく損害賠償請求ができる場合もあります。
また、元従業員に対する競業行為の差止め請求については、元従業員の自由を直接的に規制することになりますので、差止めを認めるためには、競業行為によって元使用者が営業上の利益を現に侵害され、または侵害される具体的なおそれが必要と解されています。
■退職金の減額支給・不支給
元従業員の競業規制違反(同業者他社への転職が退職前に発覚した場合など)に対する制裁としてしばしば用いられるのが就業規則(退職金規程)が定める退職金の減額支給または不支給です。
減給または不支給が認められるためには、退職金規定にその旨の明確な規定が存在することが必要です。同規定の合理性と当該ケースへの適用の可否が、退職後の競業制限の必要性や範囲、競業行為の態様等に照らして判断されることになります。